カテゴリ:本の棚♦♦棚の本( 20 )

ものさし

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ひとりよがりのものさし/坂田和實

道具として用をなさなくなった道具は
ゴミになるか美的鑑賞の対象(の品)になる。
というかゴミにしかならないものを掬い上げるのは
結局のところひとりよがりのものさしをおいて他にない。



そういうものさしを自分の耳と頭に持っているか
どうにも心許ない気持ちでうっとり菊地成孔に聴き惚れる日々。
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by miracle-mule | 2013-04-24 22:49 | 本の棚♦♦棚の本

”バット・ビューティフル”

モンク、ミンガス、レスター・ヤング、バド・パウエルetc.
ジャズメンでいることはジャズを作った巨人たちにとってさえ
割に合わないことだった。
それとも
引き合わない生き方しか知らない者は
ジャズメンになるより他なかったのか。
どちらにせよ、いずれにしても But Beautiful。
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ジェフ・ダイヤー
村上春樹 訳
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by miracle-mule | 2013-02-13 21:05 | 本の棚♦♦棚の本

男子の絵本 その6

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老夫婦 / ガブリエル・バンサン

高校三年の頃だった。今野雄二が教えてくれたジャック・ブレル。
その今野雄二の死、ヒロシマ・ナガサキ、終戦記念日そしてお盆。
光が乱舞して躍動するする八月は同時に死に思いをいたす季節。

原作はシャンソン作家・歌手ジャック・ブレルの"Les Vieux "。
心うたれたバンサンが繰り返し繰り返しレコードをかけつつ描き絵本化した。

”年老いたふたりには、いまはもう話すこともなく、ときおり、おたがいにそっと目をやるばかり。
お金があろうとなかろうと、もうゆめもなく、思いやりがあるばかり。”

ブレルの歌においてはメリーゴーランドではしゃぐ我が子の姿を思い浮かべる追憶の如き甘みが
老いた夫婦の心持ちを救いとして縁取っているのだが
バンサンはその甘みをバッサリと削り落とし老いることの過酷さを暴いて
老夫婦に残されたものが思い出の他には何もないことをむごいくらいに浮き彫りにしてみせる。

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”年老いたふたりは、死ぬのではなく、ある日、眠りにつくばかり。永い永い永遠(とわ)の眠りに……。
ふたりはおたがい手をとりあい、あいてに死なれるのがこわいのだが――
けれどやっぱり、どちらかが死んで、どちらかがのこる。
善いほうか悪いほうか、優しいほうかきびしいほうか、それはもうどうでもよいこと。
のこった者もまた、この世の地獄におちるのだから。雨のような哀しみの中、
もう長くはないのと、もうしひらきながら、生きのこり、生きのびていく……。”

思い出が増えて行くということはひっくり返せば残り時間が減って行くということで
思い出の量と人生の手持ちの時間は反比例の関係にあるわけだけれど
時間が減れば自動的に思い出が増えるかと言えばそうともいえず
そこには思い遣る相手の存在が不可欠でそれなしには
白紙の頁が重ねられていくばかりだ。
であれば老いたふたりの今がどのように過酷であっても
それはやはり幸せな人生でもあったのだ。
ここでは人の一生の豊かさとやり切れなさが合わせ鏡のように反復する。
バンサンの眼差しの厳しさと優しさに二度三度と頷かされる一冊。
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by miracle-mule | 2010-08-11 23:52 | 本の棚♦♦棚の本

男子の絵本 その1の2

シェーカー通り再訪 / Shaker Lane Revisited
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このブログをはじめて間もない頃ご紹介した
アリス&マーティン・プロヴェンセンの絵本”シェーカー通りの人々 ”。
心待ちにしていたアメリカ版の古本が先日届いた。
日本版に比べるとぐっと彩度が低く
長年西日に晒されたペンキ塗りのベランダみたいに色褪せた渋い印象。
その疲れた感じがこの絵本に特有の「くたびれたアメリカ感」に
し過ぎるくらいフィットして
何人もの人手を経てきた古道具のような味わいを醸し出す。
LPのジャケットはイギリス盤に比べるとアメリカ盤は
幾分見劣りしたものだけど絵本はアメリカが凄い。
と小躍りしながらクレジットをよくよく見れば
Printed in Japan by Dainippon Printing Co Ltd.。
あれ?
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by miracle-mule | 2010-03-18 02:48 | 本の棚♦♦棚の本

本に呑まれて その11/ぬくぬく

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吉田音/Bolero 世界でいちばん幸せな屋上

もうすっかりバラけてしまったようだけど
ちょっと昔、戦中戦後の飢えもすっかり忘れ
21世紀の貧困など予想もできず
貧乏人も金持ちも同じようにキリンビールを飲み
携帯はなかったけど国鉄があった頃
世間には中産階級というのがありました。
ユーミンが硬派な音楽誌から「中産階級的」なんて揶揄されたりもしていたっけ。
読み終えるとそんな時代の中産階級的ぬくぬく感に隙き間なくくるまれる
そんな後味のお話です。
そのぬくぬくした記憶は時代の荒波に雄々しく立ち向かったり
はしっこく金のなる木を嗅ぎつけるのにはまるで役に立たないけれど
しんどい毎日をなんとかやり過ごしたり大声を出さずにしのいだりするのには
いくらか貢献している気がする。

ラヴェルの”ボレロ”を演奏中のホルン奏者が
曲のクライマックスに登り詰めた瞬間
ー見知らぬ若い五人の男女がアルバイトの休み時間にとあるビルの屋上で
半袖を風にはためかせてタバコを吸っているー
幻を視るシーンと
後日それが一見繋がりの薄い彼らの「幸せな光景」と気付くくだりは
もったいないほどおいしい場面がぎゅうと詰め込まれたこの作品の中でも
ひと際ぬくぬくとして愛おしい。
そういう光景のただ中にいると
その光景に意味があるなどとは露ほども思えず
三十年後ふとしたきっかけで
「あれは幸せな光景だったのだ」と気付くものらしい。
読んでいてその屋上は僕にはこんな風に見えた。
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作品中でテーマ曲になっているのはニール・ヤングの”オンリー・ラヴ.キャン・ブレイク・ユア・ハート”だけど
自分の頭の中ではずっとこの曲 が鳴っていました。
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by miracle-mule | 2010-01-31 01:10 | 本の棚♦♦棚の本

本に呑まれて その10/夏の少年

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佐藤雅彦/砂浜

夜ともなれば虫の音も聴こえ、遅れて来た夏もそろそろ仕舞い仕度か。
とはいえ暑さは今が盛りで自分の体温さえも疎ましい。
暑さが年を追うごとにこたえて来る。
夏というのは夏が待ち遠しい少年のものだったのだとつくづく思う。
進歩の無さを自分の中の少年性とすり替えようとしても
夏の暑さを前にすればじきに馬脚を現さずにはいられない。
が、ほとんど地元と言っていい旧戸田村(今は沼津市に編入)を舞台にした
この”砂浜”に触れて大きく波打ったものがある。
鼻の奥の方にもつんと来た。
少年の夏だの夏の少年だのといったものはそう簡単には終わらないとでも言うように。
劇的な事件や展開とはほとんど縁のない少年の日常を淡々と描いて
哀しみと可笑しみは実は同じものだと教えてくれたのは
サローヤンの”我が名はアラム”だったけれど
佐藤雅彦のこの自伝的な作品にも同じ匂いが漂っているようで
長い付き合いになりそうです。。
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by miracle-mule | 2009-08-23 00:20 | 本の棚♦♦棚の本

本に呑まれて その9/スグカエレ

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久世光彦/ニホンゴキトク

向田邦子の文章を読んでいると
おおこれは趣があるなあとかああなんて粋なとため息の出るような
古い言葉や言い回しによくぶつかる。
そうした言葉に出会ったら書き留めておかなくちゃと思いつつ
先を急ぐ読書の悪い癖が出て想いを果たせずにいたのだけれど
向田さんのことを好きでたまらない久世さんが
きちんとまとめて本にしてくれてありました。

世間から用無しの烙印を押されて退場しかかった、
あるいはしてしまった言葉は
ホントに不要なのだろうかという疑問がありましょう?
消えてしまったらホントに住みにくい世の中になるのだろうなという例をこの本から
例えば「気」の付く言葉で拾ってみる。
気落ち、気兼ね、気苦労、気働き、気後れ、気忙しい、気重、気散じ、
気に病む、気がかり、気くたびれ、気がとがめる、気を回す..。
こういう言葉を無くした世の中は野暮なばかりか本音むき出しで世知辛くてもういけない。
他にも杉村春子や沢村貞子が襟元つまんで「おまえさん」に向かって言いそうな
堪え性だの邪見だの昵懇(じっこん)だのといった粋な言葉がぎっしり。
こういう宝物を手前どもの代で無くしたらそれこそ寝覚めが悪い。
伝え聞くところ近頃では想いは告げるものでなく告る(コクる)ものだとか。
その善し悪しを言うつもりはないけど告る想いっていかにも軽そうだ。
個人的にはあられもないおねえちゃんに「告られる」よりは
版画家の山本容子さんなんかに
「じれったいねえ」
なんて科白を背中に投げつけてもらえたらとてもうれしい。
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by miracle-mule | 2009-06-27 01:40 | 本の棚♦♦棚の本

男子の絵本 その5

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くまとやまねこ
湯本香樹実 ぶん、酒井駒子 え

酒井さんの絵はおしゃべりな僕に
言葉少ないことがどれだけ多くを語るものかということを伝え
静寂の音を聴かせてくれる。

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「くまとやまねこ音楽団」、 ドン・ペリス みたいな音だろうか。
それともベイルートみたいな..

駒子さんこんな仕事も。
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by miracle-mule | 2009-05-06 03:49 | 本の棚♦♦棚の本

本に呑まれて その8/そこは地の果て...

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ミカエル・ニエミ/世界の果てのビートルズ

ロックを梃子にした成長物語の
”青春デンデケデケデケ”や”翼はいつまでも”の甘酸っぱさを求めて読んでみたら
ちょっと様子が違って
そこには甘酸っぱさよりはサローヤンの”我が名はアラム”の
フレズノの村や人々を思い起こさせる
滑稽で情けないくらい物哀しいエピソードがパイ状に積み重なっていた。
舞台はスウェーデン北部のフィンランド国境に近い辺境の村。
マグレブやパタゴニアとともに強烈に最果て感の漂う地域です。
このただの田舎では済まされない田舎の少年が
ビートルズに感電したらどうなる。
友だちは、女の子は、大人たちはどう動く。
という以前にここいらの野卑な連中にとって文化って何。
寒い土地、一族、酒、暴力、宗教、共産主義者、思春期とサウナ。
哀しく、滑稽で、痛々しく、どこか歪んだ人々。
ひとの悲哀は他人の目にはいつだって滑稽なものだし
真剣であればあるほど更に可笑しい。
逆に滑稽さは他人の哀れみを誘うし
人生は悲哀と滑稽の反復でできているみたい。

新潮社クレスト・ブックスただ今打率十割。
全部面白い。
装幀もいいし、ページが変色しなければ完璧なのにね。
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by miracle-mule | 2009-02-02 02:20 | 本の棚♦♦棚の本

本に呑まれて その7/静かなおもちゃたち

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舟越 桂/おもちゃのいいわけ

貧乏でなかなか買えずにいた本を先のクリスマスにサンタにいただいて
以来暇を見つけてはページをめくってため息をついている。
天童荒太や須賀敦子の装幀でもおなじみの彫刻家
舟越桂さんがお子さんたちのために手作りされた
おもちゃたちのポートレイト集。
今どきの子どもたちの中にはこういうものを見ても
おもちゃだ気づかない子もいるかもしれない。
動かないし光らないし。
子どもがもっと幼い時分にどんなにへたくそでもいいから
こうしたおもちゃをひとつは作ってあげるべきだったかと
この本を見るまで気づかぬとはつくづく愚か、また愚か。
気づいた時はいつもイッツ・トゥ・レイト。

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by miracle-mule | 2009-01-26 01:21 | 本の棚♦♦棚の本