カテゴリ:ノート( 60 )

まだ頬杖をついてる

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右右左右右。
つくつくつくつく頬杖をつく。
頬杖家、グレン・グールド氏。
生涯をかけて頬杖のポーズに秘められた可能性を追い求めた北の住人、弥勒なお方。
かたわらピアニストもしていたとの噂もあります。
他にも頬杖の憂愁フォト多数。
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同、ブライアン・フェリーさん。
もちろんこのひとも究めてますね。
歌手経験有り。
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よく見ると瞳に閉じ込められたスコット・ウォーカー氏の物思いに耽る姿が。
明日は休日。
もう頬杖つき放題。
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by miracle-mule | 2010-04-03 02:00 | ノート

夜間飛行

ボウイとスコットの”ナイト・フライツ”
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この二月に初めてウォーカー・ブラザースのアルバム
ナイト・フライツ ”のタイトル・トラックをCDで聴いた時
にわかスコット・ファンの自分は心底驚いた。
これって歌付きの”スピード・オブ・ライフ ”(ボウイのアルバム、”ロウ”の一曲め)じゃないの?
近頃すっかりスコット・ウォーカー中心史観に立っていたので
そうかスコットはこんなところでもボウイとイーノに影響を及ぼしていたのだな
これは大発見と勇んでクレジットを見てみると
”ロウ”より一年遅れの78年リリースとある。
ん?
逆?”ロウ”の影響で”ナイト・フライツ”が生まれたの?
こうしてスコット史観はあっけなくつまずいてしまうのだけれども
過日93年の購入以来ほったらかしてあった
ボウイのアルバム”ブラック・タイ、ホワイト・ノイズ”を
たまたま引っ張り出したぐうたらボウイ・ファンの自分は
その六曲目に”ナイト・フライツ ”の文字を見つけて力尽きました。
You Tubeで見てステージでやってたのは知っていたけど
レコーディングまでしてるとは思いもせず
しかもそれは自分の手持ちのアルバムに入っおり
さらに十七年間気付かずにいたわけで
こうなるともはやファンとしてのみならず
人としてぐうたらのそしりは免れず..

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スコットに憧れていたボウイの影響下に生まれたスコットの”ナイト・フライツ”を
十五年後にボウイがカヴァー?
二匹の蛇が互いの尻尾をくわえて輪っかになってる図が浮んで来る。
ふたりの影響の矢印は一方通行じゃなくて
ヴァレンタインとホワイト・デーみたいに行ったり来たりだったのか。
そのあたりの経緯、ご存知の方がいらしたら教えて下さい。
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by miracle-mule | 2010-03-14 00:14 | ノート

加藤和彦の最先端カクテル

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最先端のモードやサウンド、テクノロジー。
最新のアイテムを携えて加藤和彦が向かう先はたいていの場合過去だ。
テープ処理のアイデアを抱えたヨッパライの行き先は念仏やベートーヴェン。
グラムの使者と化して演じたのは服部良一のブギや
開国ニッポンのばか騒ぎ
”パパ・ヘミングウェイ”以降のソロ期はデジタル機器やニューウェイヴのモードで
20,30年代ヨーロッパのカフェ、キャバレーへ
和幸やVitamin-Qでは自分が実際に辿った60、70年代のフォーク、ロック
といった具合。
ただ過去なら何でもどこでも可か、と言うばそうでもなく
周到にすべてそれぞれの時代の最先端が選ばれている。
フォークやロックは言うに及ばず
仏教は思想の
ベートーヴェンは古典音楽の
服部良一は昭和歌謡の
最先端だし
黒船は開国の
カフェ、キャバレー文化は大量消費社会の
始まりを告げるファンファーレだ。
新旧の最先端は共振してどちらにも属さない新たな先端を生み出すということを
どうしてか若い頃から彼はとてもよく知っていた。
知っていたのは彼ひとりに限らないだろうが
80年代の彼ほど優雅な手つきでその融合のカクテルを
飲みやすくて美味で香しい度数の高いカクテルを
供した音楽家はおそらく世界のどこを見渡しても他にないと思う。
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by miracle-mule | 2009-12-08 01:51 | ノート

石川セリ”恋愛飼育論”

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84年のアルバム”ファム・ファタル”の一曲。

ああ、この恋も 憂うつね
頬づえつく バルコニー
花にたとえた 男達
私の庭に 咲いている
ガーベラとかデイジー 黒い百合も
素敵な恋人だったわ
貴方も私の庭に来て

ミイラになったミイラ取りは暗闇で何を待つのだろう。
庭の賑わいとしてコレクションにされてしまった男たちの心情や
彼らが待つものも気になるけれど
いずれコレクターの女も
ドライフラワーとか押し花とかにされてしまうのだろうし
そうなった彼女は何を待つことになるのだろうかと気にかかる。
さらに彼女をコレクションにした者もやがて..
などと妄想がぐるぐると渦になって止まらない。
そのあたりの美しさと怖さを描いたかしぶち哲郎の詩と曲も巧みだけど
詩の比喩が喩えでは済まない気がして来るのは
石川セリの絵に描いたような美貌と
それ以上に現実離れしているくせになまめかしい
あの魔法のような息づかいの歌声があればこそ。
ちょっとだけ花にされてみたかったわ。
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by miracle-mule | 2009-12-05 02:35 | ノート

判官びいき

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ボウイのフォロワー、コピー、イミテーション。
コマーシャルな成功を手にすることなく83年に亡くなった
ジョブライアスを評することばはどうしてこうもネガティヴなのか。
誰もボウイをボランのコピーとは言わないし
ストーンズをビートルズのフォロワーと評しはしないのに。
ジョブライアスのデビュー・アルバム(73年)とボウイの”ダイアモンド・ドッグス”(74年)。
どちらも衝撃的なアルバム・カヴァーに包まれていたが
ともに象徴派の画家クノップフにインスパイアされているとはいえ
ボウイが素朴に下半身を豹から犬へ変更しているだけなのに対し
人がトルソ化しているようにもその逆のようにも思える両義性と
そこに転がっているばかりで身動きもままならない様に
フリークス の無垢の哀しみを重ねてみせた
ジョブライアスの方が表現としてずっと深いところへ届いているように思える。

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極めつけはこのアルバム三曲め、ジョブライアスのラップ(らしきもの)。
ボウイも四曲目の”キャンディデイト”でルー・リード直伝の
ポエトリー・リーディング系のラップを聴かせているけれど
ジョブライアスのラップはリーディング系の影響を感じさせない
ダイレクトに後のオールドスクールのラップに繋がっている感じ。
ここでもボウイに一年先んじている。
またジョブライアスがここで用いているファンキーなギターは
ボウイにおいては75年の”ヤング・アメリカンズ”を待たなければならない。

早ければ偉いってものでもないけれど単なるフォロワーじゃないってことを
ボウイ・ファンとしてもひとこと言っておきたかった。
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by miracle-mule | 2009-12-02 00:32 | ノート

ブレル・マニア

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ベルギー出身のシャンソン歌手というよりシンガー・ソングライター
ジャック・ブレルには”行かないで””そよ風のバラード””マチルダ””ジョジョ”など
名曲がざくざくあるけれど
ついているファン=ブレル・マニアたちがまた凄い。

アムステルダム
ブレルをはじめて知ったのはボウイのシングル”愛の哀しみ”のこのB面だった。
12弦ギターが印象的なこのテイクはボウイの数多い名唱の中でも飛び抜けて魅力的。
”マイ・デス”も採り上げていてこれまたとても..

ジャッキー
世代的にボウイ’ズ・チルドレンにあたるマーク・アーモンドも
ブレルのカヴァー・アルバムまで出した熱心なファン。
こういうアプローチもありなのねと驚かされる。

行かないで
真打ちは最近ボウイのプロデュースした映画”30世紀の男”で話題再燃のスコット・ウォーカー。
アイドルとして絶大な人気を博していた67年(日本ではルック・チョコレートのポスターがもの凄い人気)
大事なソロデビュー作で三曲ものブレル作品を採り上げ
その後”シングス・ジャック・ブレル”なるアルバムまで作っている。
ボウイはこのひと経由でブレルに辿り着いたのかもしれない。
デビューの頃のボウイ、当時のスコットそっくりさんだし。
朗々とした歌いぶりが時代の好みとずれてしまったのか
表舞台から姿を消して久しいスコットだけれど
成した仕事に相応しい評価がされるよう望みます。
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by miracle-mule | 2009-11-28 13:25 | ノート

中山ラビの”MUZAN”

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水色の恋といえばいかにも爽やかなイメージが浮かぶけれど(真理ちゃん)
緋色の恋をいうとこれはもう恋の炎に灼かれた
狂おしい情念渦巻く物語といった感じで
本作はドラマティック好きの加藤和彦の仕事の中でも突出して
緋色、緋色、緋色の世界
今更ながらに溺れてみたいよな恐いよな。
ラビさんの歌はちょっと濃過ぎて
すっかり脂っ気抜けたこの身にはちと荷が重いけれども。

加藤作品には浜田真理子にカヴァーしてほしいと思う作品がいくつかあって
この作品集もしっとりかつさらっとした浜田さんのアルトで聴いてみたい。
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by miracle-mule | 2009-10-30 02:27 | ノート

ブリーカー・ストリートの青春

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役者のたまご達の日々を描いたポール・マザースキーの名画
”グリニッチ・ヴィレッジの青春”に想を得たらしい この曲
大貫妙子の名曲揃いのアルバム”アバンチュール”の中でも
格別に親しみやすく
加藤和彦のドラマティックな演出は聴き手に歌の物語を
あたかも自分の体験であるかのよう思わせて胸に甘苦い傷を残す。
前作”ロマンティーク”の”果てしなき旅情 ”といい
こういう物語のくっきりした曲を扱わせると
この人の手さばきは魔術的。
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by miracle-mule | 2009-10-26 02:33 | ノート

歌謡を掘り下げて世界に出会う

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加藤和彦というひとはずいぶんな洋風かぶれではあったのだけれど
いつも松山猛、安井かずみといった作詞家と組んで曲作りをしていたとはいえ
歌詞は執拗なくらい日本語の使用にこだわっていた。
それは彼のパブリックなイメージにそぐわないように思えるくらいなのだが
海外の最先端のモードや技術をいち早く取り入れて
ルンバやマンボ、チャチャチャやタンゴなど
忘れられかけたノスタルジックなリズムと掛け合わせて
日本的なものへの安易な回帰を避けながら
日本語でイメージできる歌の世界(歌謡の領域)を
飛躍的に押し拡げるという難しい作業をしてきたひとなのだから
どうしても日本語でなくちゃならないのだった。
そうして安井かずみさんとのあいだに残された80年代のソロの諸作品は
ポピュラー音楽の世界的な財産というべき果実なのに
追悼番組や記事などでそこだけすっぽりスルーされている現実には
本当に落胆させられるしファンとして無念でならない。
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by miracle-mule | 2009-10-22 02:08 | ノート

ファゴット

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ホワイト・アルバムの六曲目に
古いレコードからサンプリングしたようなギターで始まる
ジョンの"The Continuing Story of Bungalow Bill "って変な曲があって
今さらながらこれが好きでたまらないのだけれども
二分十五秒を過ぎたあたりから聴こえて来る
木管のような手押しオルガンのような不思議な音色がある。
幾度も聴いてきたはずの曲なのに素通りして意識することになかった
その音色は育ち過ぎたオーボエみたいなファゴットのもので
曲のエンディングを飾り"While My Guitar.."へと
ノンストップで繋がるはずなのだが
リマスター盤を聴いていたら頭の中で別の曲が始まってしまった。

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それはブラジル音楽音痴の自分としては偏愛と言っても差しつかえないほどに
何というか、愛して止まない”自分を探してPreciso Me Encontrar ”という
カルトーラ(カンデイア作)の76年の曲で
ファゴットはそこでブラジル的憂鬱とでも呼びたくなるものを体現して
ほぼ全編にわたってほとんど主役を演じているのだった。
カルトーラが"Bungalow Bill.."を参照したのかどうか定かではないけれど
八年の時間とロンドンとリオの距離を越えて
太い幹の洞(うろ)を風が鳴らすようなファゴットの響きが
ふたつの才能、ふたつの名曲の間を吹き抜けている。

ファゴットばかりでなく近年フレンチ・ホルンやバリトン・サックスなど
大きな管を気持ち良く聴いています。
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by miracle-mule | 2009-10-09 03:17 | ノート