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新着案内/ベイルート

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ベイルート/フライング・クラブ・カップ
Beirut / The Frying Club Cup

ニュー・メキシコ出身のまだ二十歳を超えて間もないというベイルート。
ザック・コンドンという名前から連想される出自は東欧からのユダヤ系移民?。
東海林太郎か藤山一郎みたいにおでこから抜けて行くような昔臭い美声が
チンドンやじんた(宣伝、映画館、サーカスなどに使われる街の楽団:新明解国語辞典より)の賑やかでもの悲しい響きに乗って流れてくると
布張りの木製のラヂオのように
テクノロジーがまだ布や木や紙と手を取り合っていた時代だろうか、
実際には居たはずのない「懐かしさの王国」に”帰って”
その空気をいっぱいに吸い込んだような気分になってくる。
そんな倒錯的な世界の土台の中心はまたもや三拍子。
三拍子には文化の古層と僕たちの心のどこかの層を繋ぐ力があるみたいです。
(9)の In the Mausoleumあたりにしのばせたグルーヴは
懐古趣味に収まりきらない未知の領域を垣間見せてくれます。

(12)のSt.Apolloniaを聴いていたら
古いこんなCM
Tom Waitsの"in the Neighborhood"のPVを思い出しました。
昔からこういう歌舞伎者の行進が妙に好きで、気にかかり...
ついて行きたかったのですね。
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by miracle-mule | 2008-03-29 03:13 | 新着CD

新着案内/スフィアン・スティーヴンス

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スフィアン・スティーヴンス/イリノイ
Sufjan Stevens / Illinoise

スフィアンが挑むアメリカ50州シリーズの”ミシガン”に続く
2005年リリースの第二弾(地味な州名が続きます)。
アメリカというところは世界中の実に様々な地域から様々な民族が
様々な音楽と生活を持ち込んで出来上がった国なのだと
あらためて実感できる多様さがぎっしり詰め込まれた
ワクワクと懐かしさに満ちた全22曲、70数分の大パノラマです。
その音楽性を手っ取り早く説明するために
よく比較されるのがヴァン・ダイク・パークスですが
ヴァン・ダイクよりずっと覚えやすく素直なメロディを書きます。
ヴァン・ダイクに似ているというよりは
汲みに行く音楽の井戸が、でなければ井戸の水源がいっしょという感じ。
パン・アメリカンな井戸ですね。
一枚のアルバムにこんなにいい曲たくさん使っちゃって大丈夫かと
いらぬ心配をしたくなるサービスぶり。
ただアルバム・カヴァーの特殊な趣味には
いまひとつついて行きかねますけれども。
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by miracle-mule | 2008-03-26 13:05 | 新着CD

新着案内/M.ウォード

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M. ウォード/ポスト・ウォー
M. Ward / Post - War

”ベルリン天使の詩”が”メンフィス天使の詩”と名を変えて
デイヴィッド・リンチの手でリメイクされる。
”ジギー・スターダスト”のボウイが
アコギを抱えた銀ラメ・ジャンプスーツ姿のエイリアンとして
地球に降りて来たように
リメイク版の冒頭シーンでは
ジュード・ロウ扮する赤いバンダナにウェスタン・ブーツの天使が
アコギを弾き”M.ウォードの声で本作の”ローラーコースター”を歌いながら
地上に降り立つのだった。
というのはもちろんウソですが
そんな夢想を誘うM.ウォードの
山肌を覆って降りてくる霧のようにくぐもった声と演奏による
普段着のゴシック・ロマンとも呼ぶべき2006年の作品です。
(1)の”ポイズン・カップ”というタイトルが示すように
静かな余韻が尾を曵く、甘い毒に満ちた一枚。
おかしくも不思議なPVはこちら。
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by miracle-mule | 2008-03-23 18:38 | 新着CD

新着案内/ジョー・ヘンリー

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ジョー・ヘンリー/スカー
Joe Henry / Scar

小川洋子の”沈黙博物館”には亡くなった村人たちそれぞれの人生を象徴する一品が
たとえば転落死した庭師の剪定バサミや悪徳外科医愛用の手術用メスや
殺された娼婦の避妊リングや球根やサイの角や糸巻き車などが
遺品として展示されていますが
それに倣うかのように本盤には損なわれた人々の心の傷跡(Scar)が
保管、展示されています。
聴き手は展示物を手に取って指でなぞることも
顕微鏡で覗き込むこともできるのですが
いずれそれらが自分自身の傷跡でもありうるのだと気づくという趣向。
オーネット・コールマンの嗚咽の如きサックスに言葉を失う(1)R.プライヤー、
どこか東欧的な哀愁が色濃い(2)ストップ、
ゴンドラに揺れるビートが心地よい(4)ストラック、
ダークでタイトゥンアップなファンク・チューンの(5)ラフ&タンブル
ジミー・スコットの声でも聴いてみたいジャジーな(8)コールド・イナフ・トゥ・クロスなど
一生聴きたい曲ばかり。
”お願いだから聴いて!”級の傑作です。
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by miracle-mule | 2008-03-21 03:02 | 新着CD

羨望と共感

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夕べNHKの”週刊ブック・レビュー”に仏文学者の鹿島茂さんが出ていて
かつて本代のために消費者金融に作った借金で破産しかけたことがあったと
話していた。
限りない共感と羨望をこめて
「バカモンだー」とテレビを指差して叫び
CDだのレコードのためにサラ金はおろか
銀行でローンを組んだ経験さえ無いわが未熟ぶりを嘆き
臆病さを悔いて
それほど買いたくなくっても
奥方の目をかいくぐって
もっともおっとCDを買わなくちゃと自らを叱咤し戒めたのでした。
狭き門より入れっていうしなあ。
いやー、茨の道だなあ。
ふふ...

写真は芝町Cafeのおいしいミルク・ティ。
なんとも落ち着けるカフェでした。
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by miracle-mule | 2008-03-18 02:18 | day after day

新着案内 /イノセンス・ミッション

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イノセンス・ミッション/ウイ・ウォークト・イン・ソング
The Innocence Mission / We Walked in Song

いつも愛らしいアルバム・カバーのイノセンス・ミッション。
2007年の最近作は黒字に水玉の格別に好感度の高いデザインです。
自分の歌の世界の核のようなものを活きたまま
聴き手の心のできるだけ深いところまで届けようと
カレン・ペリスが選んだやり方は
上手に歌おうとしないこと
強い声を使わないこと
そして声を童女のように響かせることだったように思えます。
そんな彼女の歌声をギターを中心としたやわらかなアンサンブルが
背後から控えめに支え包み込むと
私たちの
喜びや怖れはそれぞれ
それらしさを取り戻し
ものごとはあるべき場所にもう一度居場所を見つけて
歪んで乾いた聴き手の心はみずみずしく再生することができます。
最近auの二宮くんが出ているCMで歌声が聴けますね。
酒井駒子さんの描く少女の世界にも通じる一枚です。
下は酒井さんの”金曜日の砂糖ちゃん”

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by miracle-mule | 2008-03-16 02:53 | 新着CD

新着案内 /ラウドン・ウェインライトⅢ

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ラウドン・ウェインライトⅢ / ストレンジ・ウィアードス
Loudon Wainwright Ⅲ / Strange Weirdos

今をときめくルーファス・ウェインライトの父ラウドンの2007年の作品です。
余韻まで含めて歌いきってしまいかねない息子とは異なり
八分止めの歌いぶりが大人を感じさせます。
十曲目の”ララバイ”の歌詞にも見られるように
そろそろ老境に入ろうかという男が夜中ベッドに横になると
これまでの人生の来し方があれこれと思い起こされ
追憶や思慕や後悔といったものが
こころの小さなつぶやき、呻き、嗚咽、苦笑、はにかみなどとともに
暗闇に映し出される様が
いつしかくたびれたアメリカの姿と二重写しになっていくのを
軽やかな身振りでカントリー・フレイヴァーも豊かに描き出した
連作短編集といった趣きです。
ジョー・ヘンリーの親しみのこもった
過不足のないプロデュースが光ります。
また、”ララバイ”での名人リチャード・トンプソンのさり気ないギターが
これまた絶品です。
おじさんの作品も聴いてほしいな、ぶつぶつ...。
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by miracle-mule | 2008-03-14 02:09 | 新着CD

新着案内 ホルヘ・ドレクスレール

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ホルヘ・ドレクスレール/フロンテラ(国境)
Jorge Drexler / Frontera

99年リリースのスペインに渡っての三作目。
プリファブ・スプラウトのパディ・マカルーンと並んで
気品があって美しくちょっと不思議な後味のメロディを書かせたら
天下一品のホルヘ・ドレクスレールの才はここでも冴え渡りため息ものです。
が、それにも増して耳をとらえるのがリズムのアレンジ。
パーカッション、弦、鍵盤、マシン、手拍子などによる変幻自在な
リズム・アンサンブルの心地よさ。
ブラジルとアルゼンチンに挟まれたウルグアイの地で育まれたホルヘの耳で
磨き込まれた様々なリズムにこちらの耳を澄ませると
洗練されたメロディに暖かい血が送り込まれ
一層ふくらみを持って魅惑的に胸に響いてきます。
二曲目の”Memoria del Cuero”は彼のビート・マニアぶりが炸裂する
ホルヘ版”リメイン・イン・ライト”(Talking Heads)ともいうべき
本作のハイライトのひとつですが
ここでもその歌声は熱狂とはほど遠く、どこまでも穏やかなのが
いかにもホルヘ流。
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by miracle-mule | 2008-03-11 03:13 | 新着CD

棒立ちソング

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シー&ケイク "OUI"
The Sea & Cake "OUI"

90年代以降の新しい音楽に疎いので
当館会員番号5番のsatokoさんにお願いしてCDをお借りし
”おお、これは!”とか”なんとなんと!”とか感嘆符を連発しているのですが
そのうちの一枚シー&ケイクの”OUI"を聴いて考え込んでしまった。
好きなタイプです。
振幅の小さい簡潔なメロディ、ささやくヴォーカル、丁寧な音作り。
大きな展開を避け、小さな身振りの中に
等身大の自分たちを見出すといった感じに共感します。
曲調は軽やかでバラエティに富み繰り返し聴いても飽きることがありません。
が、どうしたことでしょう何度聴いてもどれもみんな同じに聴こえるのです。
一曲めと二曲めが別の曲であることはわかります。
二曲目と三曲目、それ以降もみんな違う曲です。
そうでしょうとも。たいていそういうものです。
でも多少太い細いの差はあっても皆がみんなおんなじ顔してるんです。
かぶりものの違うソニエンちゃんが丘の向こうまでずらりと連なっている感じ。
歌人の穂村弘さんが若い女性歌人の
”たくさんのおんなのひとがいるなかで わたしをみつけてくれてありがとう”
という歌を「ほとんど棒立ちしている」と評していたと新聞にありました。
この「まんまな」「棒立ち感」こそが「生の一回こっきり性」を表現に引き寄せる
彼らに残された最後の手だてなのではないかという趣旨なのですが。
洒落た比喩や背景やドラマティックな演出の誘惑を退けた
アルバム”OUI"はその意味でまさしく「棒立ち」している様に思えます。
これってなんか知っていると思い当たったのが
小津安二郎監督の諸作品です。
ストーリーの劇的な展開を避け、役者の大げさな演技を嫌い
似たようなストーリーとキャストで作られた同じような主題の
どれを観ても区別のつき難いいくつもの小津映画にも同様の
棒立ち表現の切実さを見てとれます。
シー&ケイクと小津安二郎、
どちらも繰り返しためつすがめつ味わいたいものです。
時代は時々「棒立ち」を欲するのですね。

新しい「棒立ち」を探しにまたsatoko文庫をに行ってみよっと。

写真は80年代の「棒立ち」代表、
エルとクレプスキュールのコンピレーションです。
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by miracle-mule | 2008-03-06 12:58 | アーカイヴス

本に呑まれて その2

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小川洋子/偶然の祝福

サンプルCDに応募してくださったaさんが
小川洋子さんの甘い毒が好きですと手紙の中でおっしゃっていらしたのですが
そんな表現がストンと腑に落ちる短編の連作です。
飛行機の嘔吐袋蒐集家の伯母さん。
妙に頼りがいのあるお手伝いのキリコさん。
(この人の小説、よくお手伝いさんが出て来ますね)
主人公の弟を名乗るからだ中に本をつめこんだストーカーまがいの小太り男。
皇女アナスタシアになりきっているおばあさん。
たくさんの奇天烈さんたちがあちら側とこちら側に
様々なレベルで橋を架け往き来します。
彼らをを眺めていた主人公がいつしかその橋をを渡ってしまううらはらを
女性的なリアルさとやさしさと残酷さで
昆虫や鉱石を標本箱に納めていくように
ひとつひとうのお話に封じ込めています。
時にその女性性について行けずに落伍しかけたりもしましたが(時計工場)
ラストのささやかな救済には新しい朝を迎えるような清々しさがあります。
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by miracle-mule | 2008-03-01 19:36 | 本の棚♦♦棚の本