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新着案内/ケリー・ジョー・フェルプス

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ケリー・ジョー・フェルプス/タップ・ザ・レッド・ケイン・ホィールウィンド
Kelly Joe Phelps / Tap the Red Cane Whirlwind

線路脇の白い二階家
古びたTEXCOのガス・ステーション
はやらないギリシャ料理店
年寄りばかりの公園
小さな教会の尖塔
ひと気のない郷土歴史館
濡れそぼって途方に暮れている野良犬
交差点にワイアーでつり下げられた信号機
主を欠いた灯台
静かな貯水池
どれもいつか見た映画や画集、小説などの光景の断片なのだろうが
この作品に繰り返し接していると
黒いキャンバスに濃い群青色で描かれたタブローの如き地味な歌と演奏の中から
雨に濡れた車のウインドウ越しに見たようなこんな光景が
記憶の忘れかけた沼の底からひとつまたひとつ
ゆっくりと立ち上って来る。
無くなってしまったもの、無くなりそうなもの、
名も無い人々の小さな生活をよく燻された喉と一本のギターで描き出した
ケリー・ジョー2004年の静かな秀作ライヴ・アルバムです。

この三年後のライヴです。
ピーター(バラカン)激賞の東京公演、行けたひとが真剣に羨ましい。
これは2000年の。もうこういうスライドは弾いてないそうでちょっと寂しいです。
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by miracle-mule | 2009-04-29 01:53 | 新着CD

胸いっぱいの愛、と後悔

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レッド・ツェッペリン/Ⅱ
Led Zeppelin / Ⅱ

解脱というのは大層難しいことだそうでひと一人の一生ではとても足りず
何度も生まれ変わり死に変わりしながら徳を積んで
最後の最後に「上がり」となるものなのだそうです。
音楽好きというのもまた僕の人生一度分を使ったくらいでは
「上がり」にはほど遠い長く曲がりくねった道なのだと知ったのが
過日のツェッペリン事件でありました。
T,レックスのステージでの佇まいをA級、モット・ザ・フープルをB級、
ルーベッツを級外なんて言ってYou Tubeで遊んでいた直後に現れた
ジミーとロバートの御真影。まさに電撃でありました。
凄い格。
場を満たす一人当たりのオーラの量のケタがひとつ違う。
レッド・ツェッペリンⅣが世に出たのが中三時代。
以来数枚のLPを購入しはしたものの特に入れ込みもせず
Ⅱ以外はCDで買い直すこともしないまま。
途方も無く長きにわたって惰眠を貪ったものです。
何たる迂闊、何たる怠惰。
危うく今生の人生では間に合わぬところでした。
何はともあれ手遅れにならずに済んで良うございました。
この十数年激しい音から遠のくばかりでしたが
ここへ来てのツェッペリン開眼。
耳が遠くなっただけかしら。
さあ今夜も雷鳴の如きギターと獅子王の雄叫びに
心行くまで打たれて眠っちゃう。
アコースティック・セットも素晴らしい。


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アルバム・カヴァーの写真がが似たイメージのCSN&Yの”デジャヴ”。
アコースティック・セットができたのはやっぱりこの人たちの影響?
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by miracle-mule | 2009-04-25 02:52 | アーカイヴス

ニルヴァーナのピーター

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ピーター・アイヴァース/ターミナル・ラヴ
Peter ivers / Terminal Love

コードの締め付けからするりと身をかわし
クスクス笑い交わすようなヴァイオリンやハーモニカの調べと
いやらしいグリーン(スクリッティ)みたいなヴォーカルが織りなす
気高くも猥雑な彼の世界に浸っているうちに
斜め後方の天井付近からの視線を感じた
と思ったら直後には一転その視線の主になって
自分の背中など見つめつつあたりを漂っている。
ちょっと大げさに言うとそんな感じ。
自分が自分から抜け出す快感というものがあるとしたらこんなかなと
ついうなずいてしまう。
地面に落ちた大量の桜の花びらが風に吹かれて路上を転がって行く様は
いたずらな妖精がきゃあきゃあとじゃれあっているかのようで
01”アルファ・セントーリ(ケンタウルス座・アルファ星)の響きにそっくり。
浴びるように鳴らしては日々「離脱」しています。
85年頃だったろうか。
この世から本当に離脱してしまった彼の
アシッド・ジャズでアシッド・ブルーズでアシッド・ファンクでアシッド・フォークで、
でもそのどれでもない
分類されそうになるとやはりクスクス笑いながら逃げ去ってしまう
どこまでも自由な74年発表の第二作です。
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by miracle-mule | 2009-04-22 01:43 | アーカイヴス

新着案内/祈り

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Antony and the Johnsons / The Crying Light
アントニー&ザ・ジョンソンズ/ザ・クライング・ライト

とうに神が追放されてしまった時代に生きる僕たちが
祈りの歌に心動かされるのは何故だろう。
まず祈りというものがあって
神さまはその相手として後から考え出され
さらに後、前後が転倒してしまったのかもしれない。
別に神でなくてもいいけれど捨て去ったピースを拾い集めて
パズルのように組み合わせていったら
祈る相手がまた現れたりするだろうか。
それが目の前にいる君やあなたじゃまずいのだろうか。
痛みに貫かれたアントニーの祈りは
祈ることそれ自体が祈りの本質だと伝えているように思える、
というようなことを微睡みながらもつらつら考えさせられる
アントニー&ザ・ジョンソンズの第三作です。

Her Eyes Are Underneath the Ground
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by miracle-mule | 2009-04-18 02:04 | 新着CD

チンピラ

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Bruce Springsteen / Born to Run
ブルース・スプリングスティーン/明日なき暴走

もう25年も前のこと
ブライアン・デパーマが撮った”ダンシング・イン・ザ・ダーク”のブルースの姿を初めて見た時は驚いた。
それまでのレコード・ジャケットや”ノー・ニュークス”のビデオで知っていた痩身は見事に消え失せて
ステージには筋肉の鎧を着たような彼がいた。
カ、カッコ悪い!
骨格のキャパシティを越えた筋肉はただのお荷物だろうに
それでも敢えてあの軽やかさを捨てて
重ったるい体を選び撮ったのは何故だろう。
いつまでも若造じゃいられないから?
裏町の天使からハートランドの守護神に昇進するから?
ボスって呼ばれるようになったから?
「あんただってまったくただのくたびれた中年になり果てたじゃないか」
そう言われたらぐうの音も出ないけれども
身勝手を承知でそれでも言いたい。
ボスなんかじゃなくてチンピラ詩人のブルースが大好きだった。
と乾いた時はイントロのさわりが聴こえただけで
未だに心ざわめく”サンダー・ロード”で全身が発火するこのサードと
”ロザリータ”で沸騰するセカンドに浸るのだ。
貫禄とかけ離れたディランのしょぼくれた不良老人ぶりに
ボスになったブルースには感じられない孤独と威厳を強く感じるのが皮肉です。
でも近作はちょっと聴いてみたい。
はは、勝手なものだ。
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by miracle-mule | 2009-04-14 02:08 | アーカイヴス

石とガラスと貝殻と

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石のことが気になる。
自身は安定していて動かず変わらずなのに
周囲を動かし変容させてしまう結晶というものが持っている
薬のようで毒のようで
空っぽのようで世界が折り畳まれているようで
なんというか静的なのに劇的な
小川洋子的な感じにどうにも抗うことができない。
貝殻やガラス玉も同様で目下気になってしかたないのが
昔六本木WAVEの一階で売られていた
仏蘭西あたり怪しい物語がいろいろ詰まっていたであろう濃い青の瓶。
ま、化粧品が入っていたのだろうけれど。

これはディアゴスティーニの”地球の鉱物コレクション21巻”についてた
ラピスラズリ。
ラズリは青の意だそうでイタリア代表のユニフォームのアズーリの仲間みたいです。
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by miracle-mule | 2009-04-12 00:00 | day after day

新着案内/運命のひとひねり

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Bryan Ferry / Dylanesque
ブライアン・フェリー/ディラネスク

ブライアン・フェリーという人を造園家に例えるならば
初期ロクシーの彼は幾何学的なフランス式庭園の、
”フレッシュ&ブラッド”以降は自然の風景を模したイギリス式庭園の
庭師だった。
いずれにしても自分の内面を庭という形に映し出していたのだけれど
2007年のこのディラン作品のカヴァー集では
彼はもはや庭師であることをやめて
自ら庭の要素の一部となってしまったかのようだ。
「フォーカル・ポイント」 。
それは例えば荒涼としたオキーフの庭のバッファローの白い頭骨であり
老境という庭の遺棄された天国のドア、傾いた見張り塔であり
変わった(もしくは変わらなかった)時代の残骸だ。
ブライアン・フェリーは衰えてしまった。
かつて身の内に収まり切らない才気を音をたてて放電させていた男は
今や息を飲む色彩感もあでやかな表現も目を見張るアイデアも失い
謎めいて艶やかな歌声は細り掠れてすり切れたベルヴェットのようだ。
残されたのは更なる老いへの道とこの人のダメさだけかもしれない。
でも僕はこの人と一緒に老いて行きたいと思う。
彼のファンなら何となく分かってくれるのじゃないかと思える
そのダメさと老いの中にこそまだほとんど手つかずの
ーディラン翁だけが気づいて試掘しているようなー
魅力の鉱脈が掘り出されるのをじっと待っているような気がするから。
魔法使いの本当の物語は魔法を失ったところから始まるのだ。
桜の花の満開の下”運命のひとひねり”を聴きながら走り抜けると
そんな風に思われてウキウキはやる心が止まらない。

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放電期。
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by miracle-mule | 2009-04-08 02:15 | 新着CD

新着案内/この歌声と..

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ハナレグミ/hana-uta

声そのものは天与のものだけれど歌い方には人柄が現れるもの。
ふたつが重なったところに歌声が生まれる。
日向ぼっこみたいな人なつこいメロディに乗って
ちょっと原田真二似の甘い歌声が流れて来ると
ぬくぬくとしばしこの歌に浸かっていたいと願わずにいられない。
こちらから進んで魔法に罹ってしまいたくなる種類の歌声なのだ。
そういえば08や10が思い出させるマイケル・フランクスやマキシ・プリーストも
そんな歌声の持ち主だった。
情景を喚起する力も並みではずれていて
ハイライトとウイスキーグラスを含めたキッチンの様子(”家族の風景”)は
ありありと目に浮かぶし
出て行った君の見慣れない服のデザインや
片づけられないままのテーブル(”そして僕は途方に暮れる”)のイメージもあまりにリアルで
もし自分の身に起こったらと本気の不安がよぎって楽しんでばかりもいられない程。(良くないよなあ,この歌。心臓に悪い)
いつか原田真二”タイム・トラベル”もお願いします。
できたら達郎の”パレード”もお願いできると..

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家族の風景
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by miracle-mule | 2009-04-04 22:55 | 新着CD

ファン・ファン・ファン

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富士山を遮るように自宅の北側にそびえる
愛鷹山麓にわけ入るとこんな光景に遭遇する。
山中の扇風機群はちょっと謎の味。
でも話を聞いてみると茶畑の霜避けなのだと。
”牧場を茶園にご開拓”というのは
娘の小学校の校歌の一節。
さすが茶所で謎もへったくれもないけれど
無人の山中で静かに回るファンの列を見るのは
やっぱりちょっと不思議な気持ち。
Tボーン・バーネットのジャケットにも少し似てる。

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駿河湾を見下ろす。
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by miracle-mule | 2009-04-01 01:59 | 街のバロック