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”元気でね”

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吉田拓郎/Minna Daisuki

97年のセルフ・カヴァー集。
2009年をこれで見送ることにして
棚の奥から久しぶりに引っ張り出した。
どうしてか発表時よりずっと染みる。
ぐうっとね、来る感じ。
イントロ一発で胸が高鳴る01”伽草子”
カヒミ・カリイにも似合いそうな洒落たアレンジがおいしい
04”こっちを向いてくれ”
あんまり良い曲で笑いが止まらない05”旅の宿”
あっと驚くクール・ランニングな”夏休み”
おかげでいろいろあったこの年を笑顔で見送ることができる。
拓郎、来年は「元気でね」
全部抱きしめて
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by miracle-mule | 2009-12-31 13:38 | アーカイヴス

レナード・コーエンの羨ましい老後

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レナード・コーエン / ディア・ヘザー
Leonard Cohen / Dear Heather

三人の才能溢れる女性プロデューサーが用意した舞台で
コーエンが実に気持ち良さげに呟いて歌って、
風の通り抜ける洞穴みたいに唸っている。
シャロン・ロビンソンはゴスペル的情感豊かに
リアンヌ・アンガーは理知的に
アンジャニ・トーマスは愛らしく
メロディーを掘り下げ彫り上げて背後からLCを支え
歌に内包された世界を押し拡げている。
大海原にたゆたう小舟の如きビートが
じんわりと聴き手の芯を熱する
シャロン・ロビンソンの03" The Letters ".
ピアノとベースを中心に据えたシンプルな音作りで
朗読の魅力を思い知らされるリアンヌ・アンガー、プロデュースの
07"Villanelle for Our Time".
風薫る可憐なスコティッシュ〜カントリー風味に心和む
アンジャニ・トーマスの手がけた010"Nightingale"と
ヴァラエティに富んだ構成も見事。
それにしてもLC、ファンにもミュージシャンにも女性にも
羨ましいくらい愛されてる。
願わくば老後というものはこうありたいものです。
また04"Undertow"での紗のかかったアンジャニのヴォーカルが
石川セリにそっくりでなんだかとても得した気分。
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by miracle-mule | 2009-12-30 01:56 | 新着CD

スコット・ウォーカーの神話的世界

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スコット・ウォーカー / ティルト
Scott Walker / TILT

過去の人扱いしたこと。
今や巨大な音楽家であるのを知らずにいたこと。
スコット・ウォーカーという人をきちんと評価しなくちゃ
と言った自分が全然分かっていなかった。
彼に出会い直したおかげで大変な年の瀬を迎えている。
21、21、21という歌声が耳について離れない。
讃歌のようにも呪文のようにも聴こえる95年のこの特異な作品は
心の中の馴染みのない辺土にあかりを灯し聴き手を導く。
この音楽はいったい何なのだろう。
頭いっぱいに立ち籠めやがて全身を満たすこのもやもやしたものは何だろう。
気持ちの良さと悪さの別がとてもつけづらく
宙づりにされた感じが終いにはやっぱり気持ち良い。
せっかく特異なものに出会ったのだからそれはそれとして楽しめれば良いのだが
凡夫の哀しさで少しでも似たものを探して分類しないとやはり落ち着かない。
音の素材選びや処理の仕方そして文学の趣味は
T ボーン・バーネットの近作
混沌とした手触りはPILの”フラワーズ・オブ・ロマンス”やパリでの”ライヴ”に近いかもしれない。
が、本作をこれらの作品と決定的に隔てているのは
やはり世界の何処を見渡しても例のなさそうなスコットの声だろう。
若い頃に比べれば声量も落ちたようだし安定感も欠いてはいるが
気高さを増した孤独な歌声は北の海を照らす灯台のようだ。
グロテスクなところもありながら
通過するとどこか浄化された気がして来るこの音の構造物は
足を踏み入れる度に精神の修復と再生を促す
(重厚なエレクトロニクスの響きと
ハーディ・ガーディやツィンバロンといった繊細な手触りの古楽器の響きで
巧みに組み上げられた)
人体の内部に似た音の神殿みたいだ。
DVD”30センチュリー・マン”の発売は新年1月15日。
楽しみ。

スコットのトピックだけでできてる凄いブログを発見。
お勧めです。
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by miracle-mule | 2009-12-26 23:58 | 新着CD

MIXIに入りました。

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携帯を持っていなかったので入れずにいたMIXIに昨日入会しました。
おんなじ名前で出ています。
右も左もわからずおろおろするばかり。
あちらもよろしくお願いします。
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by miracle-mule | 2009-12-23 13:17 | day after day

東京トロピカル音楽振興会沼津支部(会員二名)始末記短縮版

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短縮版といっても完全版が別にあるわけではなく単に活動期間が短かっただけの話なのですが..はは.
さてこれが天国のドア。

86年からまる二年何をしていたかというと
お茶してはしゃべくり食べては騒ぎ飲んでは倒れを繰り返す体たらくで
活動の実体とか実績は皆無。
もともと勝手連でさえない単なる自称というかホラだったので。
リンクしてるティム・ドナヒューにフレットレス・ギターを弾いてもらったことはあったけどあれは完全なインプロ・ジャズだった(でもちょっと自慢)。

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ジャケットだけとはいえルベン・ブラデスがいる。ウイリー・コローンがいる。おお、トミー・オリベンシアもオスカールも。知らない人までいる!
アメリカやヨーロッパの人は普通にいたけれど
メキシコやエクアドル、パラグアイなんて当地ではレアな人たちが
喜んで飛び込んで来たのはこちらとしてもとてもうれしく
彼らに楽しんでもらえたのは
振興会の名に恥じない立派な活動であったとちょっと威張りたい。

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結局ラテンのノリをはるかに上回るバブリアン・ラプソディというのか
バブルの狂騒曲、地上げの嵐に巻き上げられて
このあたりによくすわっていた小ぶりな女子をひとり後々連れあいにすることにしてあっさり幕。
振興会ってただの婚活だったのね。
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by miracle-mule | 2009-12-22 01:36 | day after day

真冬の花火/エクトール・ラボーのサルサⅡ

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エクトール・ラボー / デ・ティ・デペンデ
Hector Lavoe / De Ti Depende

この二三日は当地でも顔や耳が痛くなるほどの冷え込みで
もう絶好のサルサ日和というかエクトール日和。
エクトール・ラボーのサルサが、とりわけこの”De Ti Depende"がまずいのは
なかなか他の音盤に手が出ずひたすら本作に溺れてしまうところ。
パーカッションは原始の海に沸き立つ気泡
ピアノは大気を切り裂く雷鳴
ブラスの大風が吹き渡りコロが囃し立てる中を
抜群のノリのラボーのヴォーカルが巻き舌も鮮やかに疾走する
01"Vamos a Reir Un Poco"で
いきなり内なるラテン魂が発火。
つづく02のボレーロ"De Ti Depende"では
ロマンティックこの上ない流麗なヨーモ・トーロのクアトロとラボーの絶唱で
ありったけの涙を絞られ
すっかり恋に破れた女の気分で
「あたしを置いて行かないで」
などとよろめいているうちにも事態は進み
さっさと世紀の名曲03”Periodico de Ayer"の幕が開く。
トロンボーンとトランペットの絶妙なアンサンブルに乗って
粋でなまめかしいヴォーカルと山肌を下る霧のようなストリングスの
寄り添っては離れ離れては絡まり合う様の言葉を失う美しさ!
この先も佳曲が連なっているのだが
もはや聴き手の息は乱れ前頭葉はとろけて正気もとうに失われ
その先の印象は四半世紀経っても薄暮の中で朧げなまま。

この三曲を一度でも耳にしていただいて
一人でも多くの方が同じ(幸福な)病を患っていただけたら
うれしく思います。
      東京トロピカル音楽振興会沼津支部(会員二名)初代支部長 談
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by miracle-mule | 2009-12-19 22:02 | アーカイヴス

冬の花火/エクトール・ラボーのサルサ

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エクトール・ラボー / コメディア
Hector Lavoe / Comedeia

手袋やマフラーが恋しくなるこの季節
それ以上に恋しくなるのがエクトール・ラボー(とウイリー・コローン)のサルサです。
凍てつくニューヨークのプエルトリコ移民が
常夏の故郷を偲んでキューバ音楽を手本に咲かせた
冬の花火がサルサという70年代のラテンなのだ
という見方は図式的に過ぎるけれど(もちろんニューヨークにだって夏は来る)
やはり故郷との距離をあらためて知らされる冬の寒さは
人々を望郷の想いとダンスへと誘うに違いない。
型の音楽でもあるサルサを聴くのなら
センティミエントな型に首まですっぽり埋まって
聴かなきゃもったいない。
タクシーの曇った車窓を流れるマンハッタンの夜景の如きトランペットと
ブルックリンの街灯りのように遣る瀬なくも温かなトロンボーン、
街路を流れるヘッドライトの川のようなストリングスと
パーカシッヴなピアノ
軽快なパーカションとコロ(コーラス)
そして私こそが歌手なのだと見栄を切っているようにも
歌うことしかできないのだと吐露しているようにも聴こえる
湿り気をたっぷり含んだ凄艶なエクトール・ラボーの歌声
百万の光が瞼の裏で乱舞する真冬のサルサ。
やけに酔いが回るのは安いワインのせいばかりでもないのだ。

マーク・アンソニーのラボーぶり も凄いですね。
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by miracle-mule | 2009-12-16 13:22 | アーカイヴス

レナード・コーエンの不敵な老後

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レナード・コーエン / ライヴ・イン・ロンドン
Leonard Cohen / Live in London

今年出た08年のロンドンでのコーエンのライヴ。
どことなく悪いおじさんぶりと漂うフランス臭さに
”星からの悪い知らせ”の頃のゲーンズブールを思い出す。
こんなに格好良いひとだったか。
すっかり気に入ってしまい浴びるように聴いている。
ミュージカル・ディレクターのひらめき豊かな演出と
バンドの演奏力がまた凄い。
鳥や魚の群が隊列を乱すことなく不意に向きを変えるような自在さで
めまぐるしく、滑らかに演奏がその表情を変えながら
曲の奥深くにしまいこまれた可能性を掘り出しては
宙に解き放っていく瞬間の連なりに立ち会うのは官能的な体験だ。
サックスがむせび泣く直前で引き返し
ジャズ寄りのミュージシャンたちがジャズ臭を巧みに抑えて
演奏に 深い余韻 を残す一方で
マンドリン・タイプのバンデュリアやアーキラウド(と読むのかな)は
存分にかき鳴らされてフランスどころかスペインも飛び越えて
北アフリカの香りを運びこんて聴き手を酔わせもする。
かように音楽が文句のつけどころなく素晴らしいのに加え
こなれた声と姿がまたいいのだ。
地の底から響いて背骨を這い上がる
つぶやくようなささやくような歌声も見事なら
デビュー当時は老けたダスティン・ホフマンのみたいだったのに
今やショーン・コネリーを思わせる老け方も見事。
これで74歳?惚れ惚れする。
遅くとも85年にルイス・フューレイと組んで”ナイト・マジック”を出した時に
気付くべきだったと悔やまれる。
また四半世紀も遅れてしまった。
それとも晩成のひとでこうなったのは最近のことなのか。
それならちょっと救われる。
22世紀に残したい世界遺産。
今年のマイ・ベストです。
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by miracle-mule | 2009-12-12 03:02 | 新着CD

加藤和彦の最先端カクテル

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最先端のモードやサウンド、テクノロジー。
最新のアイテムを携えて加藤和彦が向かう先はたいていの場合過去だ。
テープ処理のアイデアを抱えたヨッパライの行き先は念仏やベートーヴェン。
グラムの使者と化して演じたのは服部良一のブギや
開国ニッポンのばか騒ぎ
”パパ・ヘミングウェイ”以降のソロ期はデジタル機器やニューウェイヴのモードで
20,30年代ヨーロッパのカフェ、キャバレーへ
和幸やVitamin-Qでは自分が実際に辿った60、70年代のフォーク、ロック
といった具合。
ただ過去なら何でもどこでも可か、と言うばそうでもなく
周到にすべてそれぞれの時代の最先端が選ばれている。
フォークやロックは言うに及ばず
仏教は思想の
ベートーヴェンは古典音楽の
服部良一は昭和歌謡の
最先端だし
黒船は開国の
カフェ、キャバレー文化は大量消費社会の
始まりを告げるファンファーレだ。
新旧の最先端は共振してどちらにも属さない新たな先端を生み出すということを
どうしてか若い頃から彼はとてもよく知っていた。
知っていたのは彼ひとりに限らないだろうが
80年代の彼ほど優雅な手つきでその融合のカクテルを
飲みやすくて美味で香しい度数の高いカクテルを
供した音楽家はおそらく世界のどこを見渡しても他にないと思う。
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by miracle-mule | 2009-12-08 01:51 | ノート

石川セリ”恋愛飼育論”

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84年のアルバム”ファム・ファタル”の一曲。

ああ、この恋も 憂うつね
頬づえつく バルコニー
花にたとえた 男達
私の庭に 咲いている
ガーベラとかデイジー 黒い百合も
素敵な恋人だったわ
貴方も私の庭に来て

ミイラになったミイラ取りは暗闇で何を待つのだろう。
庭の賑わいとしてコレクションにされてしまった男たちの心情や
彼らが待つものも気になるけれど
いずれコレクターの女も
ドライフラワーとか押し花とかにされてしまうのだろうし
そうなった彼女は何を待つことになるのだろうかと気にかかる。
さらに彼女をコレクションにした者もやがて..
などと妄想がぐるぐると渦になって止まらない。
そのあたりの美しさと怖さを描いたかしぶち哲郎の詩と曲も巧みだけど
詩の比喩が喩えでは済まない気がして来るのは
石川セリの絵に描いたような美貌と
それ以上に現実離れしているくせになまめかしい
あの魔法のような息づかいの歌声があればこそ。
ちょっとだけ花にされてみたかったわ。
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by miracle-mule | 2009-12-05 02:35 | ノート