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カエターノが恋しい夜



深まる秋。
カエターノの歌声が恋しい夜。
選んで聴くのは粋な男ぶりが匂い立つような滴るような
90年代のカエターノ。
その声、仕種、目配せに
ドキリとするのは女性ばかりではないはずだ。
94年の奇蹟の一枚"Fina Estampa"より
ジャキス・モレレンバウムのチェロの響きも心震わせる
"Pecado"。
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by miracle-mule | 2012-10-24 19:59 | ノート

バター・チキンとナン

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もう二十数年通っている六本木のインド料理の店MOTI。
地元沼津周辺を含めこれだけ長く通ってるお店は他にない。
だいたいそれだけ続く店自体稀少なんだけれど。
以前に比べるとちょっと辛くなった(社長さんらしきインド人も認めてました)けど美味しさの絶対値は相変わらず。
今日はお店のひとがいろいろ気に懸けて
入れ替わり立ち替わり話しかけてきてくれた。
MOTI史上最上の接客もあってつくづく満足。
つくづく単純。
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by miracle-mule | 2012-10-18 02:00 | day after day

スコット・エンゲル・ハート



一瞬後ろ姿の主体の姿が垣間見えるばかりの画像が想起せせるのは
駆けつける探偵にいつも一歩先んじて関係者を殺害し
残り香だけを残していく殺人者を隠れた主役に戴いた
ミッキー・ローク主演のアラン・パーカー・フィルム”エンゼル・ハート”。
大好きなもの同士が自然とつながるこの不思議。
といいたいところなのだが好きだからつい繋げて考えてしまう
単なる手前みそ。

swallowさん、もし国内盤買ったら、ライナーと歌詞カード
見せてくださいませね。
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by miracle-mule | 2012-10-13 02:44 | ノート

新音楽誌ERISのご紹介

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高橋健太郎氏編集によるあたらしい無料のウェブマガジン"ERIS"
「音楽は一生かけて楽しもう」が合言葉。
まだ一部しか読んでないけどこれがおもしろい。
細かな好みの差を超えて音楽を語るスタンス(語りたい気持ち)に
深く共感。
健太郎氏のほかにもピーター・バラカンさん。北中正和さんなど
執筆陣も充実。
おともだちの国分純平くんも寄稿していて
これがまた新鮮な視点で読んでいて美味しいおいしい。
日本の音楽誌が新しい世紀に足を踏み入れたと実感させられる一冊(でいいのかな)。
一読をお薦めします。
健太郎くんがんばって続けてね。
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by miracle-mule | 2012-10-09 02:00 | ノート

スコット・ウォーカーのおさらい

12月にスコット・ウォーカーの新作Bish Boschがリリースされる。
小学校高学年で一度はファンになったものの
その後ずーっと見失ったまま40年余の時が過ぎ
2009年DVD"30 Century Man"リリースのニュースを機に再会してファンに復帰。
という経緯もあって彼の新譜の発売を心待ちにするという体験は
今度が初めて。
おそろしくうれしいもののそわそわ気もそぞろで落ちつかないこと夥しい。
こんな時は過去の名作に浸って心を鎮める。
以前書いた自分の記事を読み直して”へえ”というのもまた一興。

The Drift はこんな風だった。

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スコット・ウォーカー / ザ・ドリフト
Scott Walker / The Drift

或る日腹を空かせて凍えながら森の中を歩いていると
熊に出会ったのでこれを殺して空腹を満たし
腹を割いて中に入り込んで夜を明かした。
森は静かだったけれど
熊の中は温かで体液の動く音やガスの生まれる音や
臓器のずれる音で賑やかだった。
また或る日森を歩いていると
腹を空かせた熊が懐かしそうに僕を食べた。
熊の中は胃液が僕を溶かす音や腸のぜん動する音で
やっぱり賑やかなのだった。
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”ザ・ドリフト”の世界は温かい。
不気味と感じられる響きは心と体がまだ不可分な
始まりの場所を編み上げている音そのもののように聴こえる。
読むのではなくその世界を想像的に体験する神話みたいに
聴くのではなくその中に身を投げ込んでしまいたい世界。
”ティルト”で解体された音楽の組織は
酸で溶かされ酵素で断ち切られて一層消化が進み
音楽と非音楽の境い目にぎりぎりまで近づいたように思えるけれど
それがこんなに心地良いのは不思議としか言いようがない。
やっぱりどうしようもなく音楽的。
これが一曲め。一番ポップな”Cossacks Are "
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by miracle-mule | 2012-10-06 02:25 | ノート

余はいかにして洗車夫となりしか

台風一過の月曜日、気持ち良く晴れ上がって絶好の洗車日和。
海風が運んだ塩をじゃんじゃん洗い流す。
この三週間でなんと四度めの洗車である。
ことのほか丁寧に洗い上げた土曜日の翌日は台風だった。
その一週前の土曜は翌日曜日が雨。
そのまた一週前の土曜は洗車中に降り出した。
思えば最近の四度を除けばこの一年に車を洗ったのは三度だけ。
この圧倒的な転向堕落変節にお天気も狼狽したのやも。
とはいえこちらだって好きで洗っているわけじゃないのだ。

九月に車を買い替えた。
十年以上世話になった前の車の調子が落ちてきたのを機に
輸入車販売の 八廣堂 さんに車探しを依頼。
お題は安くて荷物がいっぱい積める
古いワーゲンのステーションワゴン。
モスグリーンか黒かシルバーでお願いします。
が、ひと月ふた月待っても朗報が届かない。
彼らの基準に届く質のタマがまったく出て来ないのだ。
業を煮やして電話すると
「ワーゲンは見つからないんですけど
信じられないくらいいい状態の古いベンツが見つかりました。
一度見てもらえません?」
いいでしょう。見るだけならいくらでも見るよ。
ベンツなんて一度も欲しかったことないけどさ。
と、かれらのホームの静岡へ。
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それは古いけれどおそろしくきれいな車だった。
新しいものがうつくしいのはあたりまえ。
長い間大切に扱われ敬意を払われてきたものが
経年の劣化さえ魅力に変えてそこにあった。
古いものの魅力とは煎じつめれば
そのものにどんな物語が宿っている(と思える)のかに尽きる気がする。
本当のところは元の持ち主を除けば誰にもわからない物語なのだが
ものの状態、風体からその物語を察し想像することは誰にでもできる。
古いものに触れることはものが秘めた物語を
それがたとえこちらの誤解であっても想像的に解きほぐし宙に放つことだ。
というような「物語」に一瞬のうちに飲み込まれ
後先考えずその場で購入を決めるはめに落ちいって
以来「きれいな車だということだけは伝えておきます」という
八廣堂さんの言葉に押しつぶされそうになりながら
自分の所有物というより預かりものというスタンスで
洗車、洗車と廃人のようにつぶやく日々を送っている。

洗車夫に成り果てたとはいえ
地方での生活と切り離すことのできない車というものを
大きな古道具、小さな中古住宅のようにとらえられるようになったのは
大きな収穫でありました。
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by miracle-mule | 2012-10-02 02:27 | day after day