ブライアン・ブレイド/ママ・ローザ
Brian Blade / Mama Rosa
落ちる夢をしばらく見ない。
小さい頃にビルの屋上から落ちかけたことがあって
高いところは怖いし事故や飛び降りの話には足が竦む。
だから落下のイメージは苦手なはずなのに
若い頃によく見た落ちる夢は実に心地良くまた見られる時を心待ちにしていた。
落ち続けるのは間違いないのだけれど何処にぶつかりもしないし
痛い思いもしないので安心して落ちて行けるのだった。
飛行機から崖から樹上からビルの屋上から虚空から。
様々な場所から羽子板の羽のようにくるくる回りながらゆっくりと落下していくのは気持ち良いことこの上なく
どちらかといえば宙を舞っているのに近かった。
これを中年期に入った頃からさっぱり見なくなり
そんな夢を見たことさえ忘れかけていたが
売れっ子ジャズ・ドラマーのシンガー・ソング・ライターとしての
このデビュー・アルバムは
忘れかけたこの夢の手触りを甦らせ、くるくると実に見事に落としてくれる。
70年代初頭のスティーヴン・スティルスを思わせるメロディは
身体ばかりでなく周囲の気温も何度か下降させるようで肌にひんやりと気持ち良い。
ヴォーカルはスティルスよりも淡々としてずっと
穏やか。
人柄の反映か、遠赤外線のように体の深いところをほっこり暖める。
落下しつつ体凉やかで中ほっこり。
聴き終えた後に残る何とも言えない和み感は他に比べるものが見当たらない。
ギターとピアノとベースとドラム。
音の彩度を極端に下げるトリートメントを施したほぼ最小限の音響で
影絵のような静かな躍動感と深い陰影を作り出す
ダニエル・ラノワのプロデュースも素晴らしい。